水道

水道管の声を聴く社長 —— AIで漏水をゼロにする挑戦 / 関東水道テクノ 代表取締役 佐藤 真理子

2026.03.19 7 min read 取材・文:INFRA HEROES編集部
水道インフラ
佐藤 真理子
佐藤 真理子(さとう まりこ)
関東水道テクノ株式会社 代表取締役

1975年、東京都北区生まれ。工学部卒業後、父が経営する水道工事会社に入社。AI音響センサーによる漏水検知システムを開発・導入し、従業員30名の町工場を150名の技術企業へと変貌させた。業界初の女性経営者特集。

ORIGIN —— 原点

「父が水道屋だったんですよ。」佐藤真理子は微笑みながら言った。「小さい頃、父が現場に持って行く配管図を見ていました。地下の複雑な網の目。その図を見て、『ここまで見えない部分で、いかに重要な仕事があるんだ』って子どもながらに感じたんだと思います。」

父親が営んでいたのは、従業員30名ほどの小さな水道配管会社。東京北区の下町で、昭和40年代から活動していた。佐藤が小学校の頃、父親は彼女を現場に連れていくことがあった。建物の地下に潜り込み、複雑に張り巡らされた配管を見つめる。その暗くて静かな空間が、彼女は好きだった。

「父は『水道ってのは、社会のインフラの中で一番大事だと思う。電気は止まったら皆が気付くけど、水は当たり前に流れてることが多い。だからこそ、失敗できない仕事なんだ』って言ってました。」

高校の頃、父は脳梗塞で倒れた。回復したものの、第一線から退く決断を迫られた。当時、佐藤は東京工業大学の土木工学科に在籍していた。専攻は水工学。親父の背中を見続けてきた彼女の進路は、もう決まっていた。

「やるなら、親父が見たこともない世界を作りたい。水道配管の仕事を、根本から変えたい。その気持ちが大学時代から強かったんです。」

PRIDE —— 誇り

1998年、佐藤は大学卒業後、関東水道テクノを設立した。当初、事業は父親と同じ配管工事だった。でも彼女が進めたのは、父親が決してしなかったことだ。それは、データの収集と分析である。

「1990年代後半、インターネットが普及し始めた時代です。他の業界ではコンピュータ化が進んでいるのに、水道業界は相変わらず手書きの日報、記者的なアナログのままでした。『なぜこんなことになってるんだろう』って思いました。」

佐藤は積極的にIT企業とのコラボレーションを始めた。水道配管の工事データをデジタル化し、顧客ごとの配管図をデータベース化した。そして、配管の老朽化度合いを予測するモデルを作った。2000年代初頭の話だ。

業界では、彼女のアプローチは物笑いの種だった。「データなんか集めても、配管が壊れるのは防げない」と。でも佐藤は諦めなかった。むしろ、その先を見つめていた。

転機は2010年代中頃に訪れた。スタンフォード大学で開発されたAI音響センサー技術が、水道業界に応用できることに気付いた。水道管が漏水している時、微かに異音が発生する。その音を機械学習で分析すれば、漏水箇所を特定できるというのだ。

「これだ、と思いました。これなら、地下2メートルの配管の中で何が起きているか、正確に把握できる。父が見たことのない世界を、やっと作れるんだと。」

2016年、関東水道テクノはAI音響センサー「AcoustiLeak」の販売を開始した。東京都内の水道局と連携し、パイロット事業をスタート。わずか3ヶ月で、従来の方法では見つけられなかった漏水箇所を100箇所以上発見した。

その成果は業界で話題になった。全国の水道局から問い合わせが来るようになり、従業員は30名から一気に150名に増えた。今では北海道から九州まで、60を超える地方自治体でAcoustiLeakが導入されている。

「水道管の声を聴く。それが私たちのミッションです。地下で何が起きているか、正確に知ることが、水を無駄にしない最初の一歩だと思ってます。」

STRUGGLE —— 葛藤

「成長が速すぎて、困ってるんです。」佐藤の表情が少し曇る。「10年前は、小さな会社で何でも自分でやってました。営業も、開発も、配管工事も。でも今は150人います。組織をマネジメントすることの難しさを感じます。」

特に課題なのが、エンジニアの確保だ。AcoustiLeakはハイテク機器だ。水道業界出身のエンジニアはほぼいない。そのため、シリコンバレーから引き抜いたり、AI企業から転職を促したりしてきた。でも、それだけでは足りない。

「水道業界の人間と、IT業界の人間の文化ってのは全然違うんですよ。水道業界は、何十年も同じ配管で向き合ってきた。一方、IT業界は『最新技術』が価値です。その両者が同じチームで仕事をするのは、ものすごく難しい。」

もう一つ。女性経営者であることの課題もある。水道業界は、今でも男性主導だ。取引先の市役所で会議をすると、自分が一番若い女性であることが多い。それが悪いわけではないが、発言権の重さが違うことを感じることもある。

「『女だから』って言われたことはないけど、『本当に女性が経営してるの?』って顔をされたことは何度もあります。」彼女は笑いながら言った。「だからこそ、成果を出す必要があるんですよ。成果が一番の説得力です。」

「AI技術と水道業界の融合は、誰も見たことがない世界です。だからこそ、試行錯誤の連続です。失敗することもたくさんある。でも、その失敗から学ぶ文化を、どう作るか。それが今の最大の課題です。」

VISION —— 未来

佐藤は、3年後に関東水道テクノの従業員を300名にする計画を持っている。そして5年後には、世界展開を視野に入れている。

「日本の水道管の老朽化は、世界的な課題なんですよ。フランスでも、アメリカでも、水道管が漏水してる。特に発展途上国では、5割近くが漏水してる地域もあります。その問題をAIで解決できるなら、社会的意義は大きいと思うんです。」

同時に、佐藤が進めているのは、業界全体の底上げだ。他の水道会社と協力し、AcoustiLeakの技術をオープンソース化する計画もある。「すべての水道局が、この技術を使えるようになれば、日本全国の漏水が激減するんですよ。」

「父親は、配管工事の職人でした。僕は、配管工事をデジタルとAIで変える人間になった。でも本質は変わってないと思うんです。どちらも『水を安全に、無駄なく届ける』という使命を持ってます。」

佐藤は現在、娘さんがいるという。「小学校3年生ですね。娘も『ママのお仕事は何?』って聞いてくる。『地下の水道管の中で何が起きてるか、聞くのが仕事だよ』って答えてます。」彼女は笑う。「そのうち、孫の世代が、さらに新しい技術を使って水道を支える時代が来るかもしれない。その時に、親父の仕事も、私の仕事も、その基盤になってるといいですね。」

「水道は、最も基本的なインフラです。電気がなくても数日は生きられるけど、水がないと数日しか生きられない。そんな大事なことが、地下で静かに働いている。その声を聴く仕事を、これからもずっと続けたいんです。」

インタビューを終える時、佐藤はスマートフォンを取り出した。AcoustiLeakのアプリの画面を見せてくれた。日本全国の水道管で検知された音が、リアルタイムで表示される。その中から、異常な音が検知されると、自動でアラートが出る。まるで、水道管の状態を常に聴診している医者のように。

← 前の記事
「停電ゼロ」を50年守り続けた男の執念
次の記事 →
5Gの基地局、全部俺が建てた —— 離島に電波を届ける男の物語