1960年、愛知県名古屋市生まれ。18歳で地元のガス工事会社に入社。現場での事故を契機に安全第一の経営哲学を確立。40年以上にわたりガス管施工に従事し、無事故記録を更新中。近年はVR安全研修プログラムを導入し、次世代育成にも力を注ぐ。
ORIGIN —— 原点
「あの時代、ガス工事なんて、かなり危険でしたよ。」鈴木勝男はニヤリと笑った。1978年、18歳の時の話だ。高校を卒業してから、親会社に直談判して、現場労働者として東海ガス工業に入った。
当時、ガス管を埋設するというのは、まさに肉体労働の塊だった。朝4時起床、現場に着いて、人力でスコップで土を掘る。掘った穴に配管を入れる。時には2メートル以上の深さに下りる。そこで配管の接続作業をする。配管が腐食していないか確認する。雨の日だろうが、真冬の朝だろうが、関係なく掘る。
「今では考えられないぐらい、危機意識が薄かったんですよ。ガスっていうのは、一歩間違えば爆発する。でも、その時代の現場では『ガスが漏れた』なんて言うと『また?』ぐらいのノリでしたから。」
鈴木は、同期の連中がどんどん事務職や営業に転職していく中で、敢えて現場に留まった。配管技術を学ぶため。安全の知識を深めるため。そして、ガス工事の職人になりたいという純粋な欲望があったから。
「正直、給料は安かったですよ。でも、毎日、何千人というお客さんの家に『ガスを届ける』というのは、すごく誇りのある仕事だと思ってた。手に職をつけたい。そういう思いでした。」
「ガス管ってのは、見えない。地面の下にある。だから、誰もが『安全』と思ってる。でも、その管が古くなったり、腐食したり、地震で破損したり—リスクは常にある。そのリスクを管理するのが、俺たちの仕事なんです。」
PRIDE —— 誇り
1990年代、鈴木は現場でのリーダーになっていた。若い職人たちに技術を教え、安全な施工方法を指導する立場になった。当時、東海ガス工業では、ガス管の腐食による漏洩事故が、年に数件発生していた。
「そのころ、社長に『もしかして、俺たちが何か間違ってるんじゃないか』って言ったんですよ。新しい施工方法を取り入れるとか、検査体制を強化するとか。そしたら社長が『お前、事務所来い』って。」
その面談で、鈴木は初めて、施工記録を全部見せられた。過去10年のすべての事故。ガス漏洩の原因分析。他社での大事故のニュース記事。社長は、鈴木に言った。「このままでは、誰かが死ぬかもしれない。お前の力を貸してくれ。」
それが、「東海ガス工業ゼロ事故プロジェクト」の始まりだった。鈴木は副社長に抜擢され、全施工プロセスの見直しを開始した。配管の材質基準を高める。検査の回数と方法を変える。職人教育の仕組みを作る。そして、事故が起きた時の報告体制を透明化した。
「当時、業界では『事故は隠すもの』という雰囲気がありました。保険で対応するから、公にするなと。でも、それをやってたら、同じ事故は何度も起きるんですよ。」
プロジェクト開始から5年後、東海ガス工業は日本ガス協会で『最高安全性認定』を獲得した。それ以来、23年間、重大事故ゼロを達成している。
「安全って、コストじゃなくて、プライドなんです。俺たちが毎日、名古屋の家々に安心を届けるために、土の中で何をしてるのか—それを忘れたら、この仕事はできない。」
STRUGGLE —— 葛藤
2008年、54歳の時に、鈴木は東海ガス工業の社長に昇格した。それまでの「現場の職人」という立場から、一転して、経営者になった。
「最初の5年は、本当に苦しかったですね。現場で『安全第一』という指示を出すのと、経営で『安全第一』という方針を貫くのでは、全く違うんですよ。現場では『ダメなら、仕事を止める』という選択ができますけど、会社の経営では『ダメなら、給料が出ない』という状況が生まれるかもしれない。」
鈴木は、このジレンマの中で、多くの判断を強いられた。新しい施工機械を導入するには、100万単位の投資が必要だった。でも、その投資をしないと、職人たちの負担は増えるばかりだった。古い配管の更新工事には、膨大な時間と人員が必要だった。でも、それをしないと、事故のリスクは高まる。
「安全と経営のバランスって、本当に難しいんですよ。『安全が最優先』って言うのは簡単です。でも、会社が潰れたら、職人たちは仕事を失う。それも、一種の『不安全』じゃないですか。」
鈴木は、その葛藤の中で、ある決断をした。新卒採用を増やす代わりに、若い世代を徹底的に教育する体制を作ることにしたのだ。ベテランの職人たちに、教育の役割を担わせた。給料を上げた。そして、何よりも—VR安全教育プログラムの開発を始めた。
「ガス管の工事っていうのは、本当の事故を経験してから学ぶでは、遅いんです。だから、VRで危険な状況を何度も経験させて、判断力を高める。それなら、実際の現場で事故を防ぐことができる。」
VISION —— 未来
今年、鈴木は65歳になった。完全引退の年齢だ。でも、彼は会社には残る予定だという。
「俺が作った『ゼロ事故文化』を、次の世代がちゃんと守れるのか。それを確認するまでは、引きません。」
後継者には、若い副社長が指名されている。その副社長は、鈴木の部下ではなく、新しい世代の出身だ。経営戦略や新技術の導入に強い人物だ。鈴木は、その人物に、『安全文化』をどう引き継ぐかが課題だと語る。
「新しい社長は、IT化を進めたいんですよ。ドローンで配管を診断する。AI で腐食の予測をする。俺は『そういうのも大事だけど、現場の職人たちの声を聞き忘れるな』って言ってます。」
鈴木の大きな構想は、開発したVR安全教育プログラムを、業界全体に広げることだ。日本ガス協会に提案し、全国のガス企業で導入させたいという。
「このプログラムが広がれば、業界全体の事故が減る。そしたら、ガス工事に入ってくる若い職人たちも、『この仕事は安全な仕事だ』って認識するようになる。それが、この業界の未来を作るんじゃないかと思ってます。」
インタビューの終盤、鈴木は自分の手を見つめた。40年間、シャベルを握った手。ガス管を繋いだ手。事故報告書を何百枚も書いた手。その手は、今も、毎日現場に出ている。
「ガス管って、見えない。だからこそ、俺たちは完璧じゃなきゃいけない。一本のネジが緩んだだけで、誰かの家が爆発するかもしれない。その覚悟を、どうやって次の世代に伝えるか。それが、今の俺の仕事なんです。」