1972年、大阪府堺市生まれ。大学卒業後、高速道路の保守管理会社に入社。深夜の道路保全作業を15年経験した後、独立。ドローンによる道路点検技術を開発し、200km以上の高速道路の維持管理を手がける。「見えない仕事」を信条とする。
ORIGIN —— 原点
「俺は、20年以上、深夜勤務で高速道路を守ってきた男です。」田中洋介の声は、落ち着いている。でも、目は、昔の記憶を見つめている。
1991年、19歳の時に、大阪の高速道路保守会社に入社した。その当時、高速道路のメンテナンスは、ほぼ誰からも認識されていない仕事だった。給料は安い。人手は足りない。でも、やらなきゃいけない。
「最初の仕事は、落ちてるものを拾う事。ゴミ。タイヤ。時には、事故で散った部品。深夜2時から朝5時まで、ずっと高速道路の上を歩いてた。車が来たら、懐中電灯を振る。工事灯をセットする。それの繰り返しです。」
田中は、当時を思い出して苦笑した。給料は月18万円。重労働で、危険も多い。その時代、高速道路での死傷事故は、年に数十件あった。保守員が、走行中の車に撥ねられることもあった。
「でも、ある時気づいたんです。俺たちが深夜に工事してるから、朝、みんなが安全に車を走らせられるんだ。その実感がね、やりがいになった。」
田中は、その後、道路保守の職人として、20年以上の経歴を積む。ひび割れ補修。路面の再舗装。排水溝の清掃。側溝の修理。季節によって、落ち葉の除去、雪かき。すべてが夜間に行われる。
「深夜の高速道路っていうのは、本当に不気味なんです。暗い。広い。時々、走ってる車がいる。その中で、俺たちはスコップ握って、ライト持って。死と隣り合わせの仕事ですよ。」
PRIDE —— 誇り
2005年、田中は転機を迎えた。33歳の時に、それまで務めていた会社の上司から、新しい事業を立ち上げないか、と誘われたのだ。
「当時、高速道路の保守業務を見直す動きが、国交省の中でもあったんですよ。『これまで以上に、効率的に、安全に』っていう。それで、俺に『新しい会社を作って、やってみないか』って言われたんです。」
田中は、その誘いを受け、2006年に『日本道路メンテナンス』を立ち上げた。初期メンバーは、自分を含めて6人。みんな、その上司の会社で長年、深夜勤務をしていた職人たちだ。
「その時に決めたのが『見えない仕事を見える化する』ということです。深夜に何をしてるのか。なぜ、それが必要なのか。そういう情報を、世の中に知ってもらおう、と。」
具体的には、施工前後の写真を記録する。道路の状態を定期的に報告する。そして、時には、新聞社やテレビに情報提供する。ニュースになる事故の現場には、自分たちが深夜に何をしていたか、説明に行く。
「『深夜の高速道路を守る人たちがいます』という情報が、世の中に知られるようになったら、給料も上がると思ったんですよ。職人たちのモチベーションも上がる。」
それと同時に、田中は最新技術の導入に踏み切った。ドローンで路面の状態を撮影する。AIで、ひび割れの進行状況を分析する。それまでは、目視と経験で判断していた補修時期を、データで可視化した。
「ドローンで撮影した画像をAIが分析すると、人間が気づかないような微細なひび割れも見つかる。その時点で補修すれば、大事故になる前に対処できる。これは、本当に革新的だったんです。」
STRUGGLE —— 葛藤
2012年頃から、田中は新しい課題に直面し始めた。会社の成長だ。
「最初は6人でしたけど、今は50人以上になってます。管理する人間が必要になった。事務所も大きくなった。営業活動も必要になった。でも、俺の原点って『深夜、高速道路の上で、汗をかく』ことなんですよ。」
田中は、経営と現場のバランスに苦しむ。毎日、事務所で経営判断をしなければならない。でも、深夜の現場に出たい。その葛藤がある。
「ドローンやAIを導入するって言うのは、確かに『見える化』には繋がる。でも、お金がいるんですよ。会社として、そこに投資する判断ができるのか。それと同時に、職人たちの給料を上げる余裕があるのか。その綱引きが、毎日です。」
もう一つの課題は、人材不足だ。深夜勤務の道路保守員は、どこの会社でも足りていない。高い給料を出しても、若い人間は来ない。田中は、その問題に正面から向き合い始めた。
「インスタグラムやTikTokで『うちの仕事の裏側』を配信し始めたんです。朝4時に作業員が高速道路で何をしてるのか。その動画を見せる。そしたら『え、こんな仕事あるんですか?』って、問い合わせが来るようになった。」
それでも、採用率は業界平均並みだ。数人が応募しても、1人か2人しか残らない。理由は、単純だ。給料が低い。肉体労働がきつい。
「給料を上げたい。でも、そのためには、さらに仕事を取らなきゃいけない。仕事を取るには、さらに人が必要。その悪循環から抜け出すのが、難しいんです。」
VISION —— 未来
今、田中が注力しているのが、自動化だ。深夜の高速道路で働く人間を、ロボットに置き換える研究をしている。
「それ、聞くと『人員削減ですか』って言われるんですけど、違うんです。人間にしかできない仕事に、職人たちの能力をシフトさせるってことなんですよ。」
具体的には、ロボットが落ちてるゴミを自動で拾う。小さなひび割れを自動で埋める。その間に、人間は、複雑な判断が必要な作業に集中する。例えば、大規模な補修工事の計画立案。安全性の高度な分析。新しい技術の実験導入。
「そういう仕事なら、職人たちの給料も、もっと上げられるんですよ。『夜中に高速道路で働く』って聞くと、『底辺の仕事』って思う人が多い。でも、本来、インフラを守るって仕事は、最高レベルの技術と判断が必要なんです。」
田中の夢は大きい。2030年までに、ロボットとドローンとAIで、日本の高速道路の80%の保守を自動化すること。そして、その時に、人間の職人たちは、「インフラエンジニア」という位置付けで、高給を得ている状態を実現すること。
「そのためには、あと10年、俺は現場にいなきゃいけない。経営と現場のバランスを取りながら、この業界を変えていく。深夜の高速道路の上で、見守りながら。」
「朝、高速道路を走ってる人たちは『夜中、誰が整備してんだろ』と思わない。それでいい。見える仕事なんだから。でも、俺たちは、それを誇りに思ってる。見えない仕事を、完璧にやってるんだから。」